2005年 |
ファンが願うことはたったこの一つだけなのではないかと思います。
ふと思ったのですが、真央ちゃんを12年見続けて来て、ここ何年も浅田真央の「笑顔」を見ていない気がします。
ここで言う「笑顔」とは、ただの笑顔ではなく、内から喜びが溢れるような弾けんばかりの笑顔、天真爛漫という表現がぴったりのあの姿のことです。
12歳の全日本で3連続3回転を女子史上初めて決めたとき、15歳のGPFでトリプルアクセルを決めて優勝したときのまさにあれ。
このときは、純粋にスケートを楽しんでしたように見えたし、ジャンプを跳びたいというフィギュアスケート選手の正直な欲求を満たしているように思えました。
では、いつから彼女は変わったのか?
身長が伸び、体つきも少し変化してきた16歳くらいの頃から、それまでよりもジャンプに苦戦するようになってきたのは事実です。これは、他の選手でも起こりうることだけど、まおちゃんにとって、跳びたいという欲求が満足に満たされないのは、本当に辛かったと思います。
多くの女子選手は、ここでジャンプから表現力へシフト。
3回転の連続ジャンプを3回転2回転にしても、表現力で巻き返すなどしてきました。特に旧採点方式の場合は、ジャッジの主観が大きかったから、それほど影響はなかったし、表現力が増せばそれだけプレゼンテーションの項目で評価を受けられたため、これはとても有効な手段でした。
ただ、真央ちゃんはトリプルアクセルを諦めることはしなかた。
そして、あの優しい顔からは想像がつかないほど自分にストイックに練習を積み重ね、そのジャンプを維持してきた。この姿勢は本当に凄いと思います。
イチロー選手の200本安打を毎年維持するためのストイックな感じに似ているな~。
このような身体の変化で跳びたい欲求を以前よりも満たせなくなったことは、かつての笑顔が見られなくなった一因かもしれませんね。でも、それ以上の原因があるはず。
何が真央ちゃんから笑顔を奪ったのか?
僕は、マスコミ(メディア)の影響によるものが大きいと思います。
マスコミが真央ちゃんに本格的に着目したのは15歳のとき。
「天才少女」というキャッチコピーの新聞記事が多く並び、「トリプルアクセル」という言葉が世の中に浸透しました。
勿論、これくらいであれば、いいのですが、活躍と共に、報道は熱を帯びていきました。
最大のライバルである金妍児に関してどう思いますか?
目標は金メダルですか?
トリプルアクセルは跳びますか?
インタビュー内容は、マスコミの考えた勝手な解釈の中に無理やり誘導しようとしているそんなようにも感じました。
それに対して、真央ちゃんはいつも、
「ミスなくパーフェクトな演技を」
「自分の納得のいく演技を」
ということを繰り返していましたが、納得のいく演技=金メダルという解釈に捉えられてしまっていたように思います。残念。
なぜ、今日このようなことを書いたのか?
それは、マスコミの影響で見る側の私たちが偏った見方をしてしまっているのかもしれないと感じることが多々あるからです。
例えば、トリプルアクセルについて。
僕らはトリプルアクセルを普通の3回転のジャンプのように考えてはいないでしょうか?
マスコミの取り上げ方は、浅田真央はトリプルアクセルが当たり前、その前提の元、トリプルアクセルが好調だ不調だって点が多いけれど、女子シングルの現役選手では現在誰も跳んでいないジャンプという事実を忘れてはならないと思います。
それも15歳の体が軽くてジャンプが跳びやすいときから、23歳の今に至るまでずっと跳び続けている、これは点数には表れないけど、世界で彼女だけしかできないことです。
さらに、現在の採点方式ではジャンプだけを跳んでいればいいと言うわけにはいかない。スピンやステップ、全身を使った表現、すべてを求められた上でのトリプルアクセルなのです。
かつて、アルベールビル五輪で女子で初めてトリプルアクセルを成功させ、銀メダルに輝いた伊藤みどりさんは、五輪のFSで最初のトリプルアクセルを失敗した後、「その後の演技はもう一度トリプルアクセルをどこで跳ぼうか、それだけを考えて滑っていた」と話していました。
ここで言いたいのは、あの天才ジャンパーの伊藤みどりさんでさえ、トリプルアクセルを跳ぶには、それだけに集中しないとできなかったということ。
ただ、旧採点方式ではそれでよかったかもしれませんが、新採点方式ではそうはいきません。トリプルアクセルはあくまで演技の一部として考えなければいけないのです。
それでもなおプログラムに組み込む真央ちゃんの挑戦心を僕らは買ってあげなければいけない気がします。
報道に関して、他には
トリプルアクセルは武器であるという報道は正しいですが、トリプルアクセルがないと金妍児に勝てないから跳ぶという報道には少し疑問を感じます。
別にトリプルアクセルを跳ばなくても、真央ちゃんは勝てます。
だってトリプルアクセルへ割く労力を他へ回せばいいのだから。シーズンを通して高い点数を出し続けることができると思います。
でも、彼女はその選択をしない。その意味はなんでしょうか?
僕は、彼女はスケート選手が持つ跳びたいという最大の欲求に答えようとしているだけ、つまりスケートの楽しさを後輩にも見ている私たちにも伝えているような気がします。跳ぶことが浅田真央にとってスケートの楽しさであり、醍醐味なのではないでしょうか。
それを僕らは理解する必要があります。
金メダルのために、金妍児に勝つために、それは彼女にとって建前でしかないですよね。
ところで、
今の女子フィギュアを見てどう感じるでしょうか?
本当にスケートを好きでやっている選手がどれくらいいるのでしょうか?義務感や責任感で滑ってはいないでしょうか?
僕は、金妍児のSPを見たときに、彼女の顔に笑顔がないと感じ、驚きました。あれだけ完成された素晴らしい演技をしたのですから、笑顔を見せてもいいはずなのに、顔に現れたのは、安堵の表情でした。
何か大きな重圧から解放されたかのようなほっとした表情。バンクーバーのときの達成感溢れる表情とは大違いでした。
それもそうでしょう。彼女は、韓国という国を一人で背負っているのですから。
バンクーバー後に引退したくてもできなかったという報道を耳にしたことがあります。真実かどうかはわからないですが、平昌五輪の誘致や韓国を世界にアピールするためには、彼女が競技の第一線で活躍し続けることが国にとって欠かせないものだったのだろうと思います。もし、結果を残せないで帰ったら・・・、あまり想像したくはありません。
このように考えると、彼女が物凄い重圧の中にいることは容易に想像がつきます。もし自分だったら、スケート本来の楽しさなんて失ってしまうでしょう。もしかしたら、彼女も同じ気持ちかもしれないですね。インタビューで「楽しみたい」と言ってたのは、緊張を解すのではなく、重圧から少しでも解放されたい、そんな気持ちから出た言葉なのかもしれません。
結果を残す精神力、本番に強い所は、本当に尊敬しますが、ファンとして、一人のスケート選手としてみると、かわいそうな気もします。
(注:僕は金妍児のファンでもあります。というかフィギュアという競技そのものが好きです。)
他の選手はどうでしょうか?
ソトニコワ選手は、演技が終わったとき、リンク上で飛び跳ねていました。喜びを爆発させていたのでしょう。
彼女は元々生粋のジャンパーです。ジュニアの頃からジャンプを武器にしてきましたが、ここ2年ほどは身体の成長もあり、思うように跳べていませんでした。だからこそ、ジャンプが跳べたということは、彼女にとってスケートを楽しいと感じさせる一番の欲求が満たされたと言うことを意味すると思います。だからあんなにも喜んでいた。
今、彼女はスケートを楽しんでいることでしょう。彼女の笑顔は、見ている僕らにとっても嬉しかったです。
ここで少し、タラソワさんの談話を紹介します。http://www.zakzak.co.jp/sports/etc_sports/news/20140220/spo1402201551010-n1.htm
タラソワは、金妍児について、
「ジャンプは良かったがスピードが欠けており、卓越した演技ではない」
ソトニコワについて、
「素晴らしい演技を見せた。彼女のプログラムは芸術性が高い」
と言っています。
タラソワは感性を大事にするコーチです。ロシア人びいきという考え方もできるかもしれませんが、彼女が選手の演技から、各人のスケートへの想いを感じ取ってこのように発言したのだと僕は思います。
スケートを楽しんでいるソトニコワ、重圧から逃れるために演技をする金妍児、この違いは今の採点方式では点数には表れませんが、観ている人の多くが感じたことなのではないでしょうか?
さて、真央ちゃんに戻りましょう。
真央ちゃんも生粋の天才ジャンパーです。
少なくとも彼女のような選手は、僕がスケートにはまってからの13年間では現れていないと感じます。
僕が、初めに真央ちゃんを見たのは12歳の頃。テレビを通じて演技を見ましたが、スケート界の未来を背負う逸材が現れたと実感し、今後のフィギュア界の発展を想像してワクワクしていました。
同じ年ということもあって親近感が湧き、その後も今に至るまで毎年演技を見続けてきました。
そして、今年引退を表明。
かつて、今後の伸びしろが楽しみと感じていた真央ちゃんはどうでしょうか?
僕は、未だに彼女の挑戦心は変わっていないと感じます。
寧ろ、変わったのは見る側の僕らの方。
寧ろ、変わったのは見る側の僕らの方。
勝手な期待と結果の一喜一憂で彼女に見えないプレッシャーを与えてはいないでしょうか?
勿論、期待するなとはいいませんが。
けれど、着目する点を変える必要があると思います。
彼女は、普通であれば、失敗して当然。成功したのであれば、天才。それくらいの難易度の高いプログラムに挑戦しているのです。けれど、着目する点を変える必要があると思います。
そして、それを成功させるためのストイックなまでの練習。メディアでは取り上げられませんが、怪我がつきもののフィギュアスケートにおいて、彼女がこれまで大きな怪我なく、私たちの前に毎年姿を見せてくれたことは、それだけでも物凄い偉業です。
そんな、真央ちゃんが今夜滑るFS。
それは、真央ちゃんのスケート人生を全て注ぎ込んだプログラムです。
ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」
天才と言われたラフマニノフが挫折を経験し、周囲の助けにより自分を取り戻して、復活したときに感謝の気持ちを込めて作ったとされるこの曲。
真央ちゃんの人生と少し重なって見えるのではないでしょうか?
僕は10月のジャパンオープンで実際に会場で演技を観ましたが、一瞬でその迫力にのまれ感動してしまいました。
それほど真央ちゃんの想いが伝わってくる素晴らしいプログラムです。
ソチのリンクでも自分の想いをぶつけてほしい。
そして、願わくば、昔のような笑顔が見たい。
12年間応援してきたファンとして、今日はこれまでになく眠れない夜になりそうです。
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